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おばあちゃんの話、第一話

梅子おばあちゃんの思い出話。

日頃ギスギスした話しか書いてこなかったので、たまにはホッコリするエントリーも書いてみます。大好きだったおばあちゃん、梅子おばあちゃんの話です。オンライン上に思い出としてちゃんと残しておきたいなと年の瀬にふと思いました。

大好きだったので、今でもたまに夢に出てきて、目が覚めると懐かしさと嬉しさで薄っすら涙ぐんでいることがあります。母方の祖母なのですが、他の祖父母を夢に見ることはなく、このおばあちゃんだけがふいに会いに来てくれます。

高校時代8年間生活を共にしたおばあちゃん。

なぜかというと理由は分かっています。自分は高校時代から約8年間、おばあちゃんと一緒に一軒家で2人暮らしをしていたのです。

両親が海外転勤で、弟も一緒に付いて行ったので、自分は日本に1人きり。だから祖父母の家で暮らすことになったのです。祖父母の家は実家の隣でしたから、何の違和感もありませんでした。海外に一緒に行かなかった理由ですが、当時自分は付属校に入っていて、大学まで受験無しで行ける状況を捨ててまで帰国子女になる気概が無かったからです。

祖父は画家だったのですが、一緒に暮らし始めてすぐに亡くなってしまいました。だからほぼ丸8年間、おばあちゃんと生活を共にしたことになります。

日々の食事事情

10代の高校生は育ち盛りなので、最初おばあちゃんが作る淡白な料理は物足りませんでした。だから「肉が食べたい肉が食べたい」と念仏のように唱えていたのを思い出します。でも段々と慣れてきて、今から考えるとそれはそれは健康的な朝晩の食事でした。朝はご飯とお味噌汁、ヒジキ、納豆、おひたし、焼き魚、煮魚など。忙しいときはトーストと卵、ベーコン。夜は同様の和食に加え、スープとバケット、ムニエルとバケット、ポトフとバケットのような簡易フランス料理も頻繁に作ってくれました。

そのおかげか自分は揚げ物を好んで食べませんし、間食もしません。甘いものも殆ど摂らないので、いまだに自分は痩せ型です。大学を卒業してから体重は4キロしか増えていません。おばあちゃんに感謝です。

自分が大学生の時、ビデオレンタルで深夜までバイトをしていたのですが、ある日こんな会話をしました。

「夕飯外で何食べてるの?」
「牛丼とかかなあ」
「え!あんな労務者が食べるもの?ダメよ」

今となっては懐かしく強烈な思い出です。

セル画塗りのアルバイトを一緒に手伝った。

当時おばあちゃんは自宅でアニメのセル画を塗るアルバイトをしていました。だから家はアクリル絵の具で一杯。ルパン三世のセカンドシーズンのセルを塗っていたのをよく覚えています。先々の放映回の画が見れるので、子供心にとてもワクワクしました。たまにお手伝いで自分もセル画を塗ったこともあります。1ヶ月後くらいに自分が塗ったシーンが放送されてとても感動しました。

遅咲きの画家だったおばあちゃん。

おばあちゃんは遅咲きの画家でもありました。祖父が画家だったと前述しましたが、祖父の存命中、おばあちゃんは絵を書くことを一切しませんでした。何故かと言うと、画家同士で結婚すると、夫婦の前に芸術家同士だから、必ずケンカをして離婚すると信じていたようです。元々もともと絵心はあったのですが、結婚後、祖父が亡くなるまでは絵を描くことを封印していました。

祖父は油絵の画家でヨーロッパに頻繁に創作旅行に行っていました。当時は船でフランスまで旅したそうです。おばあちゃんも必ず一緒についていっていたので、この世代としては珍しくかなりのフランス通でした。常々食事はワインとフランスパンとチーズがあれば十分と言ってました。フランス料理が日々のメニューに頻繁に出てきたのはこれが理由です。

話がそれましたが、祖父が亡くなった後は再び絵を描き始め、自由に人生を過ごしたように見えました。自分の両親の赴任先に創作旅行にも頻繁に出かけて、とても幸せそうに思えました。

 

思い出は尽きないのですが、いくらでも書けてしまうので、今回はここまでにしておきます。

また夢に出てきて欲しいなあ・・・

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