グッドインフォ.site

自称国際政治評論家のお金に余裕のないサラリーマンがグッドインフォをお届けする、ゆるくキャッチーなブログです。

テロを無くすにはどうしたらいいか考えてみた

テロを無くすには?

テロのことばかり書いてきましたが、テロを無くすにはどうすれば良いかと言う視点が少し欠けていました。諦めてるって訳ではないのですが、あまりに希望がなさすぎる様に思えて考える気にならなかったのです。

 でも、思い立ったから良い機会なので考えてみることにします。話が複雑になって収拾がつかなくなるので、ここではイスラム原理主義過激派のテロに絞って書くことにします。かなり不勉強で間違ってることばかりかと思いますが、素直な気持ちで考えました。

なぜテロを起こすのか?

実に難しい問いですね。シンプルに言えば社会や自分の境遇に様々な不満があって、個人の努力では改善する見込みがなさそうだから、最終手段としてテロを起こして社会に訴えかけるわけです。

「社会や自分の境遇への様々な不満」の具体的な内容は僕なんかに詳しくは書けません。一言で言うと「逃げ出しようのない堪え難い不満足な状態」みたいなことでしょうか。

貧困かもしれません、西欧社会、他の人種・宗教への敵意・憎悪、家族や大切な人を奪われた憎しみ、などなど色々あると思います。

宗教の教義の間違った解釈がテロを後押しする。

そしてテロの動機付けとなる大きな要素の一つが、宗教の教義の間違った解釈だと思います。テロを行えば死後に天国へ行けると信じている、あるいは信じさせられています。信心深ければ深いほど忠実なテロリストになってしまうわけです。

幸せに導けない宗教の責任は大きい。そのための宗教でしょ?

 そこで矛盾するのは、宗教は人を幸せにするためにあるんですから、なんで「逃げ出しようのない堪え難い不満足な状態」を救ってあげられないのでしょうか?それ宗教の役目でしょ?宗教で救われて幸せになったらテロなんて行いませんよね?ましてや宗教がテロを後押しするって、絶対おかしいです。

  1. 不満 → 宗教が解消 → 幸せに
  2. 不満 → 宗教が後押し → テロ実行

単純化しすぎていますけど、僕にはこう思えちゃいます。

宗教が機能不全を起こしているのかも。

だからイスラム原理主義過激派テロは、最終的にはイスラム社会がなんとかしないといけない問題だと思います。イスラム教の教義を間違って解釈してテロに走るのを正して救ってあげるのが責務なんじゃないんでしょうか。違う見方をすると、極一部の信者がこの間違ったイスラム教の働きのおかげで、悪の道に流されている訳です。極一部でイスラム教が機能不全をもたらしているんです。故障したものを使ってるから正しい結果に繋がらない。それなら本来信者をを幸せに導くための宗教がテロの原因となっている理由がわかります。故障してるんです。

  1. 不満 → 宗教が解消(正常に機能) → 幸せに
  2. 不満 → 宗教が後押し (機能不全)→ テロ実行

もちろん1が圧倒的多数で、ほんの少しの残りの2が故障したものを気がつかずに使い続けているんです。この機能不全を修理できるのはイスラム社会しかありません。具体的には特効薬はないので、継続的で根気強い教育と啓蒙しかないと思いますが。。。

もちろん貧困とか教育とか、医療とか、経済的に支援が不可欠な分野に関しては、国際社会は援助を惜しむべきではないと思います。でもそれって、上の流れで言うと最初の部分の「不満」を減らすだけなので、宗教の機能不全の部分はイスラム社会内で修理の道筋を立てるべきだと思います。

だって他の宗教は手を出せないし。

だって宗教のことは、その宗教によってでないと本当の解決はないでしょう。。。他の宗教はもちろん手出しできませんしね。

他の手段による解決、例えばISを根絶やしにする、などはやっぱりその場しのぎであって、抜本的な解決にはなりません。機能不全を起こしたイスラム教がある限り、テロへと導くハブとなって存在そ続けるので、そこを修理しないと永遠に終わりはないと思います。簡単に済む修理ではないですが。

西欧社会の歴史の振り返りが重要。

そしてもちろん問題を投げっぱなしにするだけではなく、西欧社会はこれまで何故イスラム社会からこんなに反感を買ってきたのかを真摯に振り返り、正すべきところは正す勇気が必要だと思います。

幸せなら手をたたこう。でも不幸なら?

文字通り、幸せなら手を叩いて態度で示せます。でも幸せじゃなかった場合は?不幸でもテロなんかで態度で示さず、辛くてもやっぱり楽しく手を叩こうよと諭してあげるのが宗教の役割なんじゃないのかなと思いました。みんなで幸せにはなれないんですかね。。。