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桜が散る様に、これから死にゆく我が身を重ねた若き特攻隊員。お花見をしながらそんな過去に思いを馳せる。

今週のお題「お花見」

昨日、代々木公園にお花見に行ってきました。満開とあって、桜の周りには仕事終わりのサラリーマングループなどでびっしり。レジャーシートだけでなく、ランタンを持参したり、結構本格的な料理を用意していたりと、とても盛況でした。

自分はというと、気まぐれにふと行きたくなっただけなので、缶酎ハイ片手にふらり。敷物なんて持っていませんでしたが、大量に捨ててあったブルーシートの中から比較的キレイなものを見つけたので、ちゃっかりそれを使って腰を下ろし、ゆっくりと夜桜を楽しむことができました。

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外国人にとって桜はどんな存在なんだろう?

最近は外国人観光客が増えたせいもあって、桜の木下で宴会をしているのは日本人だけではなくなっています。代々木公園にも多くの外国人観光客がいました。しかし「日本にはお花見という文化がある」という事を知っているから納得して桜を見ながら飲み食いする訳で、何も知らずにいきなりお花見を目にしたら、かなり奇異な光景に映るんじゃないかなと思います。

外国人にとって「桜」は一体どのような存在なのでしょうね。宴会している外国人の心の内を覗いてみたいです。絶対日本人的な価値観は持ち合わせていないと思います。彼らの目に映る桜と、日本人の目にうつるそれは全然違うでしょう。

こんな記事もありました。同じアジア人でも全然「桜観」は違うようです。

news.searchina.net

桜は日本人にとって特別の存在

日本人にとって桜の花は特別な存在です。4月に咲くから、入学、卒業などの人生の節目に重なり、同時に出会いや別れがあるので、桜に想いを重ねる気持ちが強くなります。花が散る儚さに死生観を見たりするので、特攻隊員が桜の枝を軍服にさしたり、桜の枝を振りながら出撃したりしました。ちなみに桜と特攻は切り離しては考えられません。詳しくは以下のレポートが分かりやすいです。

www.mskj.or.jp

「桜のように潔く散ることが日本男児の大和魂(旧武士道)だ」ってイデオロギーを浸透させたことが、最終的には特攻という悲劇に繋がったという話ですが、半分正しいし、半分は違うと思います。桜が無くてもどのみち何か代わりの依代(よりしろ)みたいのが出てきたでしょう。

いずれにせよ、日本人は桜に気持ちを託したくなる気質があるんでしょうね。

桜が散る様に、これから死にゆく我が身を重ねた若き特攻隊員。お花見をしながらそんな過去に思いを馳せる。

お花見をしていて感じたのですが、今の我々の目に映る桜と、特攻隊員の目に映った桜は、当たり前ですが同じ日本人なのに全然違ったってこと。そんなことに少しばかり想いを馳せてみてもいいんじゃないかなと思いました。若い特攻隊員が目にした桜の散る様は、これから死にゆく我が身に重ったのです。悲しい話です。

そんな尊い犠牲の上にある今の日本の平和と繁栄。これからも桜が平和な日本の象徴であり続けて欲しいですね。