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先輩のお葬式に行った話

前の前の会社の先輩の訃報を聞いて先月お葬儀に行った。葬儀に参加すると毎回思うんだけど、死んだら自分のお葬式は見れない訳で、誰が来てくれるかなど知る由も無い。だって死んでるんだから。だから僕は自分が死んで、仮に葬儀に家族や親類縁者以外一人も来なくたって全く構わない。だって参列者の記帳名簿なんて死んだら見れないんだもの。

 

もちろん残された遺族の事を考えれば「故人はこんなに慕われていたんだなあ」と思えた方が癒されるのだろうから、参列者が多いことには越したこたはないのだろう。お香典もふえるしね。でもなあ、この先輩の葬儀に行って、本当に色々考えさせられて、気分がガクンと落ち込んで、ちょっとしばらくは元気になれない気分なんです。

 

細かく書くと個人情報に触れるので、ざっくりした話になるんですが、その先輩と一緒に仲良く働いていたチームの殆どがお通夜にも葬儀にも参列せず、人情紙風船を実感したんです。まあ社内で色々な色恋沙汰の揉め事があったのもその理由の1つなんですが。

 

ところで、お葬式って義理で来る人が大半ですよね。だって会社を早退して、喪服に着替えて、中途半端なロケーションの斎場まで行くって、ぶっちゃけ面倒なことこの上ない。ほとんどの場合「早く帰りてーなー」と思ってるはず。本当に悲しくてご冥福を祈る場合はそんな気持ちが湧き上がるはずもないんですが。

 

親族以外にそんな気持ちになったお葬式はこれまで僕にはありません。「あー亡くなったんだあ」としか思えないのが殆ど。

 

さて、そんな「お葬式観」を書いた後に、その先輩のお葬式についてです。この先輩の訃報を聞いて、本当にショックを受けました。受けたんだけど、葬儀に行くかどうかかなり悩みました。本当に悲しかったので、何故だか元気が失せてしまい行く気が起こらなかったのです。全くと言って良いほどに。でも最終的には意を決して行くことにしました。

 

お葬式に行って、在りし日の写真を見て、ご焼香して、式も終わり少ししたらご家族の方に「顔を見て行ってやってください」と促されて体面。「お疲れ様でした」と挨拶をしたら不思議と涙が止まらなくなりました。そして気持ちが少しスッキリしました。ああ、これがお葬式の意味であり役割なのかなと思いました。

 

本当に故人の死を悼み、残された遺族や親しい友人にとっては、悲しみを癒す機会で、そうでない人にとっては最後の社交なのだと感じます。

 

だからこれからは本当に悲しい気持ちになった時にだけお葬式には行こうかなと思います。薄情と言われるかもですが。