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盛大な偲ぶ会・悲しいお葬式・お年寄りのお葬式、葬祭は誰のためのもの?

盛大な葬祭は、しんみり来ない。一大イベントだ。

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縁起でもない話で申し訳ないけど、最近違ったタイプの弔問に3つ、それぞれ参列してきました。

 

まず去年の12月31日に亡くなられた業界の大先輩。享年71才。急死。偲ぶ会が2月に都内の某有名斎場で行われ、著名人が大勢参列していた。すごい量の供花、参列者の数、お悔やみのスピーチの人数、どれをとっても破格の規模で、「さすが業界の大物は違うなあ・・・」と感嘆した。

 

でも羨ましくは思わなかった。

 

亡くなったご本人は当然誰が参列するのかを見ることはない。本当にこんな盛大な偲ぶ会、望んでいたのかどうかも気になる。喪に服すというのは、今生きている人が、大切な人の死を受け入れて、新たに生活を始めるための区切りの為だというのはわかるけど、余りに盛大な葬祭は誰のための物だか良くわからなくなる。会場も、参列者も、祭壇も、何もかもスケールが大きいから、これってもはや「イベント」だ。なんだか全然しんみり来ないし、お悔やみモードに入れない。

1年下の会社の後輩で元高校球児。思い出の野球グッズが展示され、若いってこともありとても悲しい・・・

次は同じく今年2月に執り行われたお通夜で、1年下の会社の後輩。同じく急死。元高校球児で甲子園出場経験あり。だから会場にはグラブやバット、スポーツ紙の切り抜きなどが所狭しと展示されていて、在りし日の思い出が蘇る感じ。若いだけに悲しさも前述の業界の大先輩と違って、会場は悲しみに満ちていた。僕も泣いた。残されたご家族も本当に可愛そうだった・・・若くしての急死は悔いが残るだろう。

友人のお父様。88才で大往生。

最後はつい一昨日にお通夜に伺った、高校・大学時代の同期のお父様。つい先週そのお父様の弟さんが亡くなって、お葬式の帰りにそのお父様が「何で俺より先に?順番が違うだろ」と、しきりにこぼされていたそうだ。

それまで元気で健康に米寿を迎えられたのに、何とそのお葬式の帰路で急に倒れられてそのままお亡くなりに・・・お年寄りが真冬にお葬式に参加して、それで風邪など引いて体調を崩して亡くなることって多いけど、一昨日は桜満開のいい天気。お気の毒だけど弟さんの後を追われたのだと思いたい。桜も一緒に見れたんじゃないかな。ちょっと不謹慎かもだけど、悲しい反面なんとなくほっこりもした。喪主の同期の友人も、泣き笑いしていたし。

 

このように三者三様の偲ぶ会、お通夜に立て続けに参列したんだけど、思ったのは;

  • 誰がお葬式・お通夜・偲ぶ会に来るかは、亡くなった当人は分からない。盛大な葬儀を望んでいるかも残された方々には分からない。だから生前葬儀に関して希望があれば、文書で残して決めておいたほうが良いと思う。
  • 若くしての急死は他人事じゃない。だから葬儀に関して事前に決めておくのは重要だし、残された方々も故人の遺志であれば納得がいくと思う。
  • 意見が別れるところかもだけど、自分の葬式、フィナーレくらいは自分で好きに決めていいんじゃないかな。生まれる状況は選べないけど、死んだ後のことは自分で決められるんだから。文字通り最後のわがままだ。
  • 結婚式は旦那さんじゃなく奥さんの為のものと言うけど、お葬式は自分のためじゃないのかな。
  • 主役は亡くなった当人ではなく、残された方々が喪に服す為と思うのなら、好きに任せればいいんじゃないかな。

正解のない問であって、たまたまご不幸が3件続いたので、思いついたまま書いちゃいました。すみません。

僕のお葬式

僕は・・・後日書き留めて置くつもりですが、誰かに自分を覚えていて欲しいから、お葬式は親族だけで行って、FACEBOOKでも手紙でも何でもメッセージが欲しいです。死んじゃ読めないけど、そうすれば皆記憶に残してくれると思うから。

 

最後に、皆様健康にはご注意下さい。そして、もし気が向いたら、ご自分の希望のお別れの形を考えてみてもいいんじゃないですかね。